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煙を求めて幾千里

蒸気機関車を追いかけることに夢中だった青春時代。 その後の長い長い休眠期間を経て、復活した蒸気機関車を再び追いかけ始めました。自然の中を走りぬけていく姿が好きです。

お盆 



幟が立つ境内、今日は盆踊りが奉納される日
大井川鐵道 平成25年8月15日撮影

動態保存機 



まるで街中にいるように見えるD51200
梅小路蒸気機関車館 昭和48年9月15日撮影


開館して一年ほどが経った梅小路蒸気機関車館内の風景。D51200の横には生活感のある道、まるで街中にいるようです。後方には倉庫が見えますので、恐らくここは扇形庫の北側。何番線なのか、当時は扇形庫の中の一線が壁を突き抜けそのまま北の方へ延びていたものと思われます。それにしてもこのD51200、一体何でそんなところにいたのでしょうか。

定番 



折角のC57ヘッドマークなし、アウトカーブに立って望遠系で構える
磐越西線 令和元年7月18日撮影

夜明けのハチロク 



冷え込んだ朝、豪快に切られたドレーンが客車を包み込む
香月線 昭和49年12月23日撮影

大隅夏色 



なだらかなシラス台地を走るC58は夏煙
志布志線 昭和48年8月5日撮影

D51プッシュプル 



本務機D51に煙りなし、後補機はトンネルを出たところ
関西本線 昭和47年7月30日撮影


当時近場の蒸気機関車撮影は従兄と車で出かけることがほとんどであり、唯一同級生のH君と鉄道利用でやってきたこの日の関西本線。転校生だったH君との付き合いは僅か4ケ月でしたが、SLファン同士ということもあり意気投合、転校していってすぐの夏休みに約束していた撮影行きを決行しました。名古屋駅で合流したこの日のH君、慌てていたのか目的地加太駅までの切符を買えず精算が必要となりましたが、そういった場合は差額ではなく不足する区間を新たに購入する必要があるということを初めて知りました。また駅とは常時改札を行っているものであり何時でもホームへ出入りができると思っていましたが、列車が少ない地方の駅ではそうではないということを知り、いろいろ社会常識を学べて良かったという記憶があります。でも肝心の撮影の方はさっぱり。何でこんな中途半端な場所で撮影していたのか。煙運にも見放されて残念至極な結果です。
あれから50年、H君とはこれっきりとなってしまいましたが、今はどこでどうしているのか。相変わらず蒸気機関車を追いかけているのでしょうか。

燦燦 



南国の陽光の下、発車を待つナメクジD51
日豊本線 昭和49年3月17日撮影


降り注ぐ順光線、照らすその姿は美しく動輪のロッドは降りています。高鍋駅に停車中のD51、形式写真を撮影するには絶好のコンディションですが、結果はといえばボイラーに掛かった徐煙板の影が少々目障り。もう少し右側から撮影していた方が良かったようでした。

夏の印象 



青空に浮かぶ白い雲、青田に浮かぶ黒い汽車
山口線 平成22年8月8日撮影

黄昏の発車 



薄暮の空にC57発車の煙が立ち昇る
日豊本線 昭和49年3月18日撮影

日常の光景 



C12は洗濯物の横で今日も忙し気に入れ替え
恵那駅 昭和48年4月1日撮影

夏の煙 



C12の軽快なドラフト音が里山に鳴り響く
明知線 昭和48年7月26日撮影

駅舎の風情 



木製の格子窓に汽車が映り込む
大井川鐵道 平成26年8月15日撮影

雪降る日 

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C58の後ろにキューロクがついた美幌駅停車中の575レ




C58とキューロクの重連で美幌駅構内を移動する575レ
ともに石北本線 昭和50年3月31日撮影


雪が降り積もる美幌駅での朝のことでした。当時のSLダイヤ情報によると、この575レは美幌駅着が9時17分、発車は9時33分となっています。この日は朝一番に美幌駅東方の美幌川橋梁で大雪くずれなどを撮影した後、駅へ戻りその到着を待っていたものと思われます。
見ればこの貨物列車はC58とキューロクの重連となっていますが、そもそも575レに補機はつきません。この頃北見から美幌へ入ってくるキューロクのスジは573レの一本のみで、その美幌駅到着は5時42分。運用表によれば到着後は構内で入れ替えを行い、11時50分に臨貨8791レで相生線へと入っていくとなっています。ということで何とも不思議なこのキューロク。575レが美幌駅に到着した時は既に駅にいる訳で、入れ替えのためにわざわざC58の後ろに入るなどということは考えられないのです。この雪のせいなのか、それとも何か他に理由があって急遽575レの次位につき北見からやってきたというのでしょうか。この後575レは重連姿で構内を移動していますが、当然のことながら最後はキューロクを切り離し、C58単独で網走へ向け発車していきました。

加太越え大築堤 



D51の前にDD51がつく荷物列車
関西本線 昭和48年6月10日撮影


加太越えの大築堤を往く荷物列車、よく見ると本務機D51に煙はなく前についたDD51のディーゼル排煙の方が盛大です。もうそれだけでもがっかりの構図ですが、無煙化が迫るこの頃になると貨物列車の本務機はほとんどがDD51に置き換わっており、D51が先頭を切り走るという貴重だったこの荷物列車、更にがっかりだったのでしょう。

川の流れ 



川には白泡の流れ、堤の上には白煙の流れ
大井川鐵道 平成24年12月8日撮影

木曽谷の煙 



交通の大動脈、鉄道と国道は木曽川に沿って続く
中央西線 昭和48年5月5日撮影

お召機の面影 



真夏の昼下がり、機関区で佇むC11200
志布志機関区 昭和48年8月6日撮影

 
宮崎県全国植樹祭のお召列車牽引から4ケ月、C11200はC57117C5692と共にまだまだ赤ナンバープレートの美しい姿を見せていました。この年の夏の九州では、蒸気機関車最後となるお召列車を牽引した3両全てに出会えたのは幸運でした。

除煙板の印象 



機関区の朝、D51の切り詰められた除煙板が鈍く光る
遠軽機関区 昭和50年3月29日撮影

神尾の里 



山間の小さな集落の小さな駅を汽車が通過
大井川鐵道 平成25年2月23日撮影

柘植駅の風景 



D51荷物列車は左へ回り込みながら駅を後にする
関西本線 昭和48年8月12日撮影