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煙を求めて幾千里

蒸気機関車を追いかけることに夢中だった青春時代。 その後の長い長い休眠期間を経て、復活した蒸気機関車を再び追いかけ始めました。自然の中を走りぬけていく姿が好きです。

冬の陽光 



西日を受ける汽車は美しい
大井川鐵道 令和2年1月13日撮影

冬枯れ 



銀色に光り輝いていたススキもみすぼらしい姿
大井川鐵道 令和2年1月13日撮影

大淀川を渡る 



冬晴れ空にC11の白煙が浮かぶ
日南線 昭和48年12月25日撮影

根釧原野を往く 



C11が走る道床顔出す早春
標津線 昭和50年3月25日撮影


見渡す限り何もない大平原の中を走っているというイメージの標津線ですが、当時の空中写真を見てみると線路際には防風林のような樹林帯が続いていたり、このような森林風景が広がっていたりと、大平原の中を走る場所は思いのほか少なかったようです。

日没する時 



西に目をやれば夕日は眩しさの極致
大井川鐵道 平成27年1月10日撮影

寂寥 



日暮れ時にトコトコと走る汽車
大井川鐵道 平成27年12月19日撮影

斜陽 



冬枯れ空に白煙ふわふわ
明治村 令和元年12月28日撮影

2020謹賀新年 



線路端には年賀列車に手を振る人
大井川鐵道 令和元年12月1日撮影


新春のお慶びを申し上げます
本年もよろしくお願いいたします

日暮れの情景 



遥か昔、文明開化の頃にタイムスリップ
明治村 令和元年12月28日撮影


急いでいる訳ではないのですが、人生も下り坂に入ると時の経つことの速いこと速いこと。早や大晦日となってしまいました。この一年ご覧頂きましたこと厚くお礼申し上げます。
皆様良いお年をお迎えください。

9号機関車 



明治45年米国ボールドウィン社製の古豪
明治村 令和元年12月28日撮影


9号の不具合により前日は運休していた明治村の蒸気機関車列車。この日も午前中は修理を行っており、運転再開は昼になってからでした。機械に故障はつきもの、ご老体だとは思いますがまだまだ頑張ってほしいものです。




その明治村、日没後はイルミネーションを行っていましたが、これは聖ザビエル天主堂で鑑賞したプロジェクションマッピングでのひとコマ。
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機関区に佇む 



がらんとした庫の中で休むのはC11312
会津若松運転区 昭和49年8月29日撮影


1番線から15番線まで15線を擁していた会津若松運転区の扇形庫。そんな庫の中はがらんとしており、3番線に312号機、2番線奥には204号機と二両のC11がいただけでした。
この日の庫には1番線に80号機、2番線に312号機がいたようです。

ススキ道 



白銀で溢れた晩秋の沿線
大井川鐵道 令和元年12月1日撮影

冬の色 



垂れ込める雲の下をやってきたのはキューロクの逆単機
後藤寺線 昭和48年12月23日撮影

黄昏の鉄路 



宵闇迫る町並みを流れた煙
山口線 平成23年8月21日撮影


この日は大雨によるダイヤの乱れにより、思いも掛けず夜汽車の雰囲気を味わうことができました。今日の山口線、正真正銘夜汽車が走るようですが、お出かけの皆様方のご健闘をお祈り致します。

いつもの交換風景 



気動車が到着すると側線で待機していたC11貨レが発車
樽見線 昭和46年12月19日撮影


当たり前のように日々繰り返されていた光景。ちょうど今から48年前の今日、美濃本巣駅でのことでした。

日暮の頃 



日の丸はためかせ一足早くやってきた正月列車
大井川鐵道 令和元年11月30日撮影

機関区の風景 



多くのD51やC12が連なり休む構内
中津川機関区 昭和47年3月19日撮影


当時20両近い罐を擁していた中津川機関区ですが、扇形庫はなく矩形庫のみのため多くの罐は野ざらし状態だったようです。そして煙室扉が錆びているこのD51792の顔、筑豊のキューロクでナンバープレートが可笑しいほどずり下がっているのを見かけたことはありますが、その反対で取り付け位置が僅かではありますが高くみえます。ナンバープレートは字体が色々あるように、その取り付け位置についても色々あるのでしょう。

銀杏の木の下で (2) 



見上げれば青空と黄葉のコントラストが鮮やか
大井川鐵道 令和元年12月1日撮影

冬の朝 



斜光に映えるススキと白煙
吉都線 昭和48年12月26日撮影

銀杏の木の下で 



寂寥を感じる日暮時
大井川鐵道 令和元年11月30日撮影