煙を求めて幾千里

蒸気機関車を追いかけることに夢中だった青春時代。 その後の長い長い休眠期間を経て、復活した蒸気機関車を再び追いかけ始めました。自然の中を走りぬけていく姿が好きです。

車窓からの眺め 



特急列車の車内から見えた利尻富士
宗谷本線 平成29年6月19日撮影


稚内へ向かう道中、新函館北斗駅で北海道新幹線から函館本線の特急へ乗り換えをする際、ホームへ入線してきたその車両を見て目を疑います。塗装が割れてひどく浮いており、まるで廃車車両のようなのです。今置かれているJR北海道の現状を思い知らされた一瞬でした。
そして画像の方、車窓から海に浮かぶ利尻富士が見えたのはこの時だけでしたが、C55が走っていた頃ここへ来てみたかった。

時は流れて 



菊の世酒造、明治初年に建造された仕込み蔵の羽目板壁
明治村 平成28年12月18日撮影

明治へのタイムスリップ 



陸蒸気が走っていた頃の街並みへ ゴー
明治村 平成28年12月18日撮影

村の煙 それぞれ 



日本大正村へようこそ、C12244は緩急車を牽引中
明知鉄道 平成28年12月3日撮影




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博物館明治村へようこそ、陸蒸気は間もなく発車
明治村 平成28年12月18日撮影

出発進行 



汽笛レバーを握る機関士の手に力が入る
明知鉄道 平成28年12月3日撮影


C12244の運転室に添乗しました。動力源は圧縮空気のためキャブ内に石炭の香りはなく、罐焚きによる熱さもありません。しかし汽笛の音色に変わりはなく、自分で鳴らしたその音にしばし酔いしれるのです。

国鉄の流儀 



指差換呼「後方安全ヨーシ」
明知鉄道 平成28年3月20日撮影


蒸気機関車が現役だった頃のような光景。
今年も7月10日、8月6日、12月3日、3月12日に車掌車を連結して明智駅構内を走ります。

生活の香り 



明智のまちに汽笛の音が鳴り響いた一日
明知鉄道 平成28年3月20日撮影

遥かなる本線 



タンク機関車C12の運転室窓
明知鉄道 平成28年3月20日撮影


車掌車から見えたキャブ越しの本線。明智駅を発車するとすぐに急な上り坂が始まっています。
本線復帰まではまだまだ遠い道のりのC12244ですが、いつの日にかきっとここへ足を踏み出せる時が来ることを信じています。

窓の風景を見ていて、43年前ちょうどこの坂でC12の発車を待ち構えていたことを思い出した一瞬でした。

出逢いの春 



SLの傍らに咲いた花二輪
明知鉄道 平成28年3月20日撮影


C12244が車掌車を牽引して明智駅構内を走行するということで出かけたこの日。現地ではひと際光輝いていたこのお二人であり、C12よりもついついカメラが向いてしまいます。聞けば4月から某放送局新人キャスターとして岐阜での勤務が始まるとのこと。今後のご活躍をお祈りしております。
「あけてつSLファンクラブ」にも入会するということですので、マスコミ側からの強力な助っ人として、是非C12244の本線運転復活への後押しをお願いしますね。

2016謹賀新年 



湧きたつ雲間から初日の出
平成28年1月1日撮影 




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遠くヨットの帆には「2016賀正」
平成28年1月1日撮影


本年もよろしくお願い致します。
元旦、大井川鐵道のC11門デフ撮影前に静岡県相良サンビーチで迎えた初日の出。
富士山を見ることもでき、幸先よい一年のスタートを切ることができました。

中山七里晩秋 



飛騨川景勝地を紅葉が飾る
高山本線 平成27年11月18日撮影 

車掌車ヨ8000 



奥に見えるはC12244
明知鉄道 平成27年11月14日撮影 


このヨ18080は平成27年5月22日に明知鉄道へ入線してきた、石油ストーブ・石油タンク・トイレが設置された車掌車。製造が昭和54年のため蒸気機関車に牽かれたことはなかった訳ですが、この日のSL見学会ではC12に連結されており、現役蒸気時代を彷彿とさせるような光景を見ることができたのでした。

名残秋桜 



花、雨に打たれるも罐に色添える
明知鉄道 平成27年11月14日撮影

長良川晩夏 



小雨に煙る奥美濃山河
長良川鉄道 平成27年8月22日撮影

若狭路盛夏 



トンネルから飛び出したC56の煙は完全燃焼
小浜線 昭和56年8月


福井県置県100年を記念して運行された「SLわかさ号」。
大変暑かったこの日、下山すると海水浴のため若狭湾へ直行でした。

あけてつSLフェスタ (2) 



緑旗振られ出発進行、明智の町に響き渡った42年ぶりの汽笛
明知鉄道 平成27年8月9日撮影

あけてつSLフェスタ 



明智駅ホームには溢れんばかりの人、人、人
明知鉄道 平成27年8月9日撮影


この日予定されていた構内走行は2回でしたが、予想以上の人出となったためか急遽4回に変更。
走行に先立ち地元小学生によるテープカット、その後行われた「あけてつSLファンクラブ発足式」では名古屋市長と恵那市長との間で以下の宣言文が取り交わされました。

『相互に鉄道と蒸気機関車を持ち、中央線という鉄道で結ばれた名古屋市と恵那市は、日本の産業を支えた蒸気機関車の復元と走行を目標として掲げ、広く日本各地からの応援を募り、情報を交換し、お互いにできる協力をすることをここに宣言する。』


高い目標に向かっての、両市のこれからに期待したいと思います。
もちろんSLファンクラブには入会してきました。




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宣言文を取り交わす両市長

若狭路の旅 



車窓に広がる三方五湖
小浜線 昭和56年8月


敦賀~小浜間、C56160による「SLわかさ号」。
昭和50年蒸気機関車終焉とともにカメラを持つ機会は少なくなりましたが、近くでこのような運行があれば出かけることもありました。

小雨に煙る湖東路 



米原へと急ぐ、電気と蒸気の回送機関車2両
東海道本線 平成27年3月1日撮影

あおなみ線のC56 



青い空と青い客車、窓には多くの笑顔が溢れる。
あおなみ線 平成25年2月16日撮影


名古屋市の河村市長がやってくれました
機関車はC56160ではなく、大井川鐵道のC5644になるとか。
運行はこの時のような途中折り返しでなく、リニア・鉄道館のある金城ふ頭までとしてほしいものです。

C623お別れの日 



このオタモイ峠を越えると終着小樽駅、C623は長い眠りへと入る。
函館本線 平成7年11月3日撮影


今日はC11ニセコ号の最終運行日、C623ニセコ号の時も11月3日でした。
C62急行ニセコからC623へ、そしてC11へと引き継がれてきた蒸気機関車牽引によるニセコ号の名。
牽引する蒸気機関車もいなくなり、これで永遠に途切れてしまうのでしょうか。

蒸気機関車避難壕 



岩脇山に残る太平洋戦争の遺構
平成26年8月3日撮影


米原駅北側に岩脇山という小さな山があります。
低い山ですが、山頂からは見晴らしがきくということでやってきたところ、思いもかけず見つけた洞窟。
太平洋戦争末期、日本輸送の大動脈だった東海道線や北陸線で走っている蒸気機関車を、連合国軍の空爆から守るために掘られた防空壕跡でした。
硬い岩盤のため難工事であり、完成することなく終戦を迎えたそうです。

戦後荒れ果てていた洞窟は地元有志が数年をかけ整備、昨年の6月に完成しました。
すぐ横には小さな資料館も設置されています。

美瑛の夏 



ノロッコ号走る季節
富良野線 平成26年7月16日撮影

原生花園 



オホーツク海岸にハマナスが咲く頃
釧網本線 平成26年7月17日撮影


昭和50年3月に渡道していますが、その時ここを走るC58混合列車はありませんでした。
こんな風景の中を走るC58の姿、撮影してみたかったものです。

C62ニセコ号最終運行 



白樺林を背に、C623は峠道を豪快に登ってきた。
函館本線 平成7年11月3日撮影


この時がC623とは初めての出逢い。
初めての出逢いが、永遠の別れとなってしまうのでしょうか。

この頃はまだまだ復活蒸気に対する想いはそれほどでなく、この写真はたまたま青森で用事があった際に北海道まで足を延ばして撮影してきたものです。
ついで撮りゆえ事前準備はほとんどなく、ニセコ号情報はこの日が最終運行であるということを知る程度。
お恥ずかしい話、11月2日に臨時運行があることも知らず、その日は現地にいながら下り列車を撮り損ねてしまったのでした。

最終運行の方は、このお立ち台で多くの方々とC623を迎えました。

東野界隈今昔 ~今編~(2) 



ナンジャモンジャの花が満開の頃
明知鉄道 平成22年5月26日撮影


明知線時代、C12が走っていた恵那市東野の今です。
水田はほ場整備され、線路端では当時見られなかったナンジャモンジャ(ヒトツバタゴ)が大木となっており、歳月の経過を感じます。

このナンジャモンジャ、岐阜県東濃地方などごく一部の地域でしか自生していない貴重な樹木。
満開になると白い花は雪を被ったように見えます。

東野界隈今昔 ~今編~ 



田植えが終わった水田を列車が走る。
明知鉄道 平成22年5月18日撮影


明知線時代、C12が走っていた恵那市東野の田園風景
気になった棚田から眺めてみました。

C12が復活した際には、撮影してみたい場所の一つです。

都会での出逢い 



新幹線は、汽車を瞬く間に抜き去って行った。
あおなみ線 平成25年2月17日撮影


名古屋市の河村市長、将来のSL定期運行で使用する客車4両は、JR東海が所有している損傷著しい旧客を譲り受けたい意向のようです。

青空に立つ 



高層ビルの下から、汽車は精一杯の煙で現れてくれた。
あおなみ線 平成25年2月16日撮影


名古屋市の河村市長、この実験走行を踏まえて、実現性を探る調査に乗り出すようです。
SL定期運行に向け、一歩前進といったところでしょうか。

早春の白魔2 



大雪の中での列車交換。
釧網本線 昭和50年3月31日撮影


初めての非煙写真となります。
この日、大雪のため本線上で立ち往生した気動車は、ようやく緑駅に到着できました。
網走行き旧客との交換です。